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空手・西村拳選手の強さの秘密は?道場は?空手を始めたのはいつ?

空手の西村拳選手が東京オリンピックに内定されたそうです!

身長180cmで体重73kgというスタイルと端正な顔立ちで「空手道界のプリンス」と言われている西村拳選手。

その強さの秘密が気になったので調べてまとめました。

 

強さの理由は「家庭環境」?

父は空手の元世界王者:西村誠司

西村拳選手の父親は、1982年の空手世界王者である西村誠司さん。

西村誠司出典:https://www.nishinippon.co.jp/nsp/image/106040/

 

なんでも、現役時代は出場するほとんどの試合で「優勝候補」と言われていたとか。

そんな選手時代の輝かしい戦績もさることながら、西村誠司氏アメリカへの留学経験もあり、現在は起業もされている敏腕経営者。

現在は全日本空手道連盟公認七段で、全日本空手道拳誠塾の代表理事も務められています。

かなり多方面で活躍されているお父さんです。

 

そんな西村誠司さんの若いころのキレッキレの演武動画はコチラです。

 

空手を始めたのは3歳のとき

西村拳選手が空手を始めたのは3歳の頃。

「気づいたら道着を着ていた」と話している点から、物心つく前からお父さんに空手を教わっていたのでしょう。

小さなころから、お父さんと同じ和道流の空手の英才教育を受けていたことが想像できます。

和道流(わどうりゅう)とは、大塚博紀が創始した空手道と柔術の流派。

松濤館流(しょうとうかんりゅう)、剛柔流(ごうじゅうりゅう)、糸東流(しとうりゅう)と並び、空手の四大流派の一つに数えられている。

出典:Wikipediaより

 

更にお母さんも国体に参加した経歴があり、お兄さん2人も空手を行っていたのだとか。

まさに空手一家、空手のサラブレッドですね。

 

5歳から父親の運営する「拳誠塾」で稽古

華奢で線が細く、血を見るのも大嫌いだった西村拳選手は、元々は空手に怖いイメージがあったようで、道場に行きたくないとごねることも多々あったようです。

さらに、空手を習い始めた当初は女の子にさえ負けるほど気が弱かったとも。

空手の他に水泳教室にも通っていた西村拳選手は、空手よりも水泳が好きだったのですが、学習塾を途中でやめる条件で本格的に空手を習うようになったそうです。

当時の状況を、のちに西村拳選手は以下のように語っています。

空手も嫌でしたけど塾よりはましだったので、空手をすると言った以上は頑張ろうと、そこから真剣に打ち込みました

出典:GROWING

 

進んで空手を習ったというより「勉強が嫌いだったから仕方なく空手」という、なんとも子供らしいかわいいエピソードですね。

 

さらに父・誠司さんは、取材に以下のようにコメントしています。

3歳になった拳は空手を始め、大学生の練習についてきた。時には邪魔にならないよう、帯で柱にくくりつけられ、その横で大学生が練習するのを見ていた。5歳になったときに私が福岡大の監督を辞めて拳誠塾で子どもも教えるようになったので、道場で教えるようになった

出典:西日本スポーツ

 

柱にくくりつけられて見取り稽古・・・!

なんともスパルタ教育ですが、父子ともにこれほどの苦労をしてきたからこそ、今の西村拳選手の強さがあるのだと思います。

 

強さの理由は「進学する学校」?

西村拳出典:https://www.toto-growing.com/interview55

小学生時代

父・誠司さんは、西村拳選手の兄2人に対しては幼少期から相当なスパルタで育てたそう。

厳しすぎたと反省し、西村拳選手に対しては小学4年ごろまで優しく稽古していたのですが、小学4年生のときに長崎で開かれた国際大会でデビューするも完敗してしまいます。

それをきっかけに、小学校高学年になってからは本気で空手に打ち込むようになったそうです。

空手は瞬発系のスポーツ。速筋が発達した選手の方が速く突いたり蹴ったりできる。兄弟3人ともバネがあった。中でも拳は研究熱心。負けず嫌いなのか、稽古から帰ると自宅のビデオで自分の試合などを見て振り返っていた。兄2人もコーチのような存在。兄弟げんかもせず仲が良かった

出典:西日本スポーツ

 

小学生時代から、三兄弟で空手に打ち込み研究していたとのこと。

父から空手を教わり、兄弟で自ら考え研究する。この「教わること」と「自ら考えること」のバランスが取れていたことも、西村拳選手の強さに繋がっているのではと思います。

中学生時代

学習塾をやめる代わりに空手を頑張ると決めたのが、中学生に入るころ。

この頃から西村拳選手は、さらに本格的に空手に打ち込みトレーニングに励みます。

週末には近所の公園で他の道場生とランニングやミット打ち。

時には父が開催するセミナーに参加する高校生選手や大学生選手を相手にスパーリングを行うこともあったそうで、それは相当な練習量だったと言います。

そして中学校3年生の時には、日本代表選手としてアジア大会に出場するまでになりました。

 

宮崎第一高等学校時代

西村拳選手自身は関西の高校への進学を希望したのですが、父・誠司さんから「寮がなく生活が乱れる恐れがある」として却下され、空手の名門である宮崎第一高校への進学が決まったようです。

さすがお父さん、なかなかワンマンですね。

 

しかし宮崎第一高校は規律が厳しかったようで、精神的に追い詰められた西村拳選手は1年生の夏にじんましんが出て体調を崩し、帰省したようです。

この頃はなかなか成績も残せず、新しい環境になれるのも大変で、辛い時期だったのだと思います。

しばらく療養して心が安定した西村拳選手は空手部に戻り、1日4時間超の稽古で鍛え、2年時の全国総体では団体と個人組手で2冠を達成します。

精神的に辛い時期を乗り越え、一回りも二回りも強くなったのですね。

 

近畿大学時代

西村拳選手は近畿大学在学中から世界のトップが集う「KARATE1プレミアリーグ」に参戦し、2016年以降5大会で優勝を果たします。

 

強さの理由は「稽古時の意識」?

西村拳出典:https://www.toto-growing.com/interview55

細部まで詰めて考える練習

練習時に気を付けていることについて、西村拳選手は取材で以下のように答えています。

考える力が突出している自信はあります。例えば、大学では集団練習をするので、大体みんな同じ練習メニューをする。でも、突いた時の拳先、当たった瞬間や引く前、引いた後の肘の位置、そういう細かいところまで全て考えながら練習するのと、ただ漠然とメニューをこなすのでは、同じ練習でも得る経験値が違うと思います。ただやるだけの練習は疲労がたまるだけ。『この角度だと見えやすいから審判にとってもらいやすいだろう』『ここに突いたら相手はもっと嫌がるはず』といった感じで、自分はいつも細部まで詰めて考えて練習しているので、他人とは経験値やスキルの上がり方が違うんじゃないかなと思います

出典:GROWING

 

(同じ組手の選手である)荒賀龍太郎先輩をはじめ、世界の第一線で戦っている選手から得るものや勉強することは多いですね。話をしてみて『そういう考えもあるんだ』と気付かされたこともあります。考える力を持つと言っても、自分1人で閉鎖的に考えるのでは意味がない。いろいろな選手や指導者の考えも聞き、自分に合うものは取り入れて、合わないものは聞き流す。自分自身という太い木に枝葉を付けていく感じですね。軸がフラフラすると倒れてしまうので、自分の芯となる部分はぶらさずに、常に聞く耳を持つ姿勢は大事だと思います

出典:GROWING

 

細部まで詰めて考えている自信がある、と断言できるのは本当に素晴らしいことです。

「自分で考える」というのは、父:誠司さんの教えでもあったそう。

西村拳選手の強さは、その研究熱心さと、細部まで理詰めで考え分析する力にありそうです。

 

「空手・西村拳選手の強さの秘密は?道場は?空手を始めたのはいつ?」まとめ

泣き虫で空手嫌いだった拳少年は、やがて本気で空手に向き合い、世界で活躍するまでになりました。

空手一家のサラブレッドということもありますが、その「自ら考え分析する力」があったからこそ、これほどの結果を残せているのだと思います。

東京オリンピックで最高の活躍をされることを願ってやみません。

 

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