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【徹底解説】空手・荒賀龍太郎選手の経歴まとめ!空手を始めたのはいつ?

荒賀龍太郎の試合
読者
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荒賀龍太郎選手は何歳から空手を始めた?道場はどこ?

こんな疑問を本記事で解消しましょう!

 

東京オリンピックに内定した、荒賀龍太郎選手

高校時代から圧倒的な強さで「日本に敵なし」と言われたほどと言いますが、どんな選手なのか、その強さはどこで培ったのかが気になりますよね。

そこで今回は、荒賀龍太郎選手の経歴や強さの秘密についてまとめました。

 

荒賀龍太郎(あらがりゅうたろう)選手のプロフィール

バンザイする荒賀龍太郎出典:https://sports.nhk.or.jp/olympic/article/column/g-sport-11/

 

生年月日:1990年10月16日生まれ(2020年2月現在29歳)
出身:京都府亀岡市出身。
血液型:B型
出身高校:京都外大西高
出身大学:京都産業大学経営学部卒業
身長:184cm
体重:83kg
ニックネーム:スピードドラゴン

 

柔道を始めたのは3歳のとき

空手一家に生まれた荒賀龍太郎選手。

ご両親が空手道場を経営されているということで、荒賀龍太郎選手も実家の「荒賀道場」で3歳のときから空手を始めたそうです。

>>荒賀道場公式HP

 

幼少の頃から父:正孝さんの厳しい指導によって鍛えられたそうで、山道ダッシュや突然の筋トレ、電車の中で動体視力を鍛えさせられるなど、日常生活の中でも常に強くなることを考えるような生活を送っていたそうです。

 

また、ご両親はこんな指導方針だったとか。

2時間稽古時間があったら、そのうちの最初の30分で倒れてもいいから、それくらい全力でやりなさいと言われていた

 

このような空手の英才教育を受けて育った荒賀龍太郎選手。

また、姉・知子さんは世界2連覇を達成し、弟の慎太郎さんは学生日本一の実力者とのことで、スーパー空手ファミリーと言えそうです。

 

また、現在荒賀龍太郎選手は実家の道場で子供たちに指導もされているのだとか。

その様子はブログでご覧ください!

>>荒賀龍太郎オフィシャルブログ

 

ピッキー
ピッキー
自分の稽古だけで忙しいはずなのに、子供たちにも稽古するのが素晴らしい!

 

 

京都外大西高時代

荒賀龍太郎選手空手界で一層注目を集めだしたのは、高校生のとき。

京都外大西高時代には、3年間のインターハイ・選抜・国体で8冠を達成。

国内最強と言われるまでになります。

 

京都産業大学時代

高校生ながら世界選手権の代表に選ばれ、全日本選手権を19歳の史上最年少で優勝すると、その後も5度の日本一に輝きます。

しかし、その後スランプに陥ってしまいます。

子供のころからの夢、「世界大会で優勝する」というのが夢でした。その世界選手権で大学4年生の時に決勝の舞台に上がりましたが、自分の組手や今までやってきたことが出せずに負けてしまったことが悔しくて…。

それをどうしたら克服できるか考えて練習しましたが、2年後の世界選手権の決勝でまた負け、2大会続けて決勝で負けてしまい悔しい思いをしました。「なぜ勝てないのだろう」と落ち込こんだ

 

「国内最強」「空手界の申し子」と言われた荒賀龍太郎選手であっても、常に順風満帆とはいかなかったようです。

荒賀龍太郎選手のオフィシャルブログを見ていると、2015年以降更新が一気になくなっています。

それだけ空手と向き合い、一生懸命スランプから抜ける道を模索されていたのではと推察します。

 

選手兼指導者の現在

コーチ中の荒賀龍太郎出典:https://www.karatedo.co.jp/news/topics/20161121/6079.html

 

荒賀龍太郎選手は、現在は実家の空手道場で子供たちに空手を教えたり、母校の京都産業大学で空手コーチを務めるなど、自身の稽古だけでなく指導者としても活躍されています。

現役選手と指導者の両立の難しさについて、荒賀龍太郎選手は以下のようにインタビューに応えています。

選手と指導者を両立するのはとても難しいんですが、京都産業大学空手道部の指導者になったことで、選手だけの時には気づかなかったことを学ぶことも多く、とてもいい勉強になっています。学生には選手として、一人の人間として“芯が通っていること”を大切にしてほしいと思っています。

出典:京都産業大学公式HP

 

子供はやはりわかりやすく説明しないといけないので、自分が今まで感覚でやってきたことを言葉にすることで、自分の成長にも繋がります

 

指導者としても多忙な日々を送るなかでも、それを自らの成長ととらえて邁進されている様子が伺えます。

 

東京オリンピック選手に内定するまで

試合中の荒賀龍太郎出典:https://mainichi.jp/articles/20180828/k00/00m/050/030000c

 

空手のオリンピック種目決定に尽力

荒賀龍太郎選手は空手を東京オリンピック正式種目に決めるため、プレゼンテーションなどでも力を発揮されました。

空手道を一般の方に広く知ってもらうために、六本木でイベントを開催しパフォーマンスをしました。また、8月に行われた日本オリンピック委員会の最終プレゼンテーションに参加させてもらい、選考会の場でも委員の方々の前で演舞をさせていただきました。

出典:京都産業大学公式HP

 

そして見事、2020年の東京オリンピックでの正式種目に空手が決定!

荒賀龍太郎選手なしでは、もしかしたら空手が種目になってなかったかもしれません。

そういった意味でも、存在感が大きな選手です。

苦しかった2017~2018年

2018年11月の世界選手権では、荒賀龍太郎選手は連覇を狙ったもののベラルーシ選手に完敗。

なかなか調子が出ず、世界ランキングの順位も下がり、苦しい2年間となりました。

その一因は、荒賀龍太郎選手の強さが世界に知れ渡ったことで海外勢に研究され、持ち前の積極性が鈍ってしまったこと。

荒賀龍太郎選手はそのときの気持ちを、取材で以下のように語られています。

精神的にも技術的にも一つレベルを上げなければ

出典:SANSPO.COM

 

そしてこれを機に、今までやってこなかったメンタル面のトレーニングや栄養面への気配りをはじめました。

また、他競技の選手と交流したりいろんな人の意見を聞くことで視野を広げ、自分の世界観を広げるように意識したそうです。

 

自分が苦しいときに、気持ちの面で逃げるなと小さいときから言われてきた。それが大人になってくるにつれて、その意味がわかってきた

出典:時事通信社取材動画

 

苦しいスランプのときも、小さいころから受けたご両親の教えが頭に浮かぶそう。

ご両親の教えは、空手の技術だけでなく精神面でもしっかり荒賀龍太郎選手に受け継がれていたようですね。素晴らしいです。

2019年秋の五輪番付で日本人首位に

長いスランプで試行錯誤した結果、2019年には一回りパワーアップした荒賀龍太郎選手。

2019年の最新の五輪番付では日本人首位の11位となりました。

2020年1月26日に東京オリンピック選手に内定

空手のプレミアリーグ(PL)開幕戦のパリ大会で、荒賀龍太郎選手は決勝を棄権したものの準優勝となります。

それと同時に東京オリンピックの選手にも内定が決定しました。

 

また、銅メダルを獲得したプレミアリーグ最終戦が行われたスペイン・マドリードで2019年12月4日に受けた取材では、東京オリンピックへの抱負を以下のように語っています。

戦い方がわかってきて、自信をもって挑めるようになってきた

出典:時事通信社取材動画

ピッキー
ピッキー
長いスランプを乗り越え、本来の力と自信を取り戻したんですね!

 

荒賀龍太郎選手の魅力

荒賀龍太郎アップ出典:https://kikkoman-sports.jp/karate/profile/araga.html

圧倒的なスピード

荒賀龍太郎選手の持ち味は、「組手」で世界屈指と言われるそのスピード。

そのスピードの凄さから、ニックネームが「スピードドラゴン」なんですね!

 

1回の突きで、蝋燭の火も3本同時に消してしまうというスピードを出すコツについて、荒賀龍太郎選手本人は以下のようにコメントしています。

意識は0から一気に100にもっていくようなイメージで突く

出典:ライブドアニュース

 

この圧倒的なスピードを得られた理由について、荒賀龍太郎選手はこのようにコメントしています。

(スピードが武器と言われるのは)小さいころから突きや蹴りの反復練習をしてきて、「周りの人よりも速く突きなさい」「集中しなさい」「(突いたときの)音の競争をしなさい」と言われてきた

出典:時事通信社取材動画

 

ただしこの圧倒的なスピードも、今では海外選手に研究され、力を発揮するための課題もあるそうです。

いくら速くても、入るまでの動きで相手にバレてしまったら意味がない。ただ速ければ勝てるというものでもない。突きに入るまでの動きが今の課題

出典:時事通信社取材動画

 

圧倒的スピードだけでは勝てないというところに、世界の壁の高さを感じます。

しかし、長いスランプを乗り越えた荒賀龍太郎選手だからこそ、その世界で実力を余すところなく発揮してほしいですね!

 

ちなみに「スピードドラゴン」と言われることに関しては「ありがたく受け取っている」と笑顔を見せた荒賀龍太郎選手。

試合での真剣な表情とは異なり、照れるところがかわいいです!

 

自分の稽古だけでなく、空手界の発展も考えている

自分の稽古だけでも忙しいはずの荒賀龍太郎選手。

しかし、実際は実家の空手道場や母校で次世代の指導にもあたっており、東京オリンピックの空手の種目決定にも尽力するなど、様々な場面で活躍されています。

 

空手道のオリンピック種目化について、荒賀龍太郎選手は以下のように発言されています。

自分にとってオリンピックは子供の頃からテレビなどで見てきた“夢の舞台”。空手道がオリンピックの正式種目になることによって、多くの子ども達に夢を与えることができ、大きな目標を作ることができる

出典:京都産業大学公式HP

 

自分のことだけ考えるのではなく、空手の発展など、広い視野で活動されているところを尊敬します。

 

荒賀龍太郎選手の私生活は?

お金

お金にセコイ?

2017年のNHK『グッと!スポーツ』の取材で、「弟が荒賀龍太郎選手のマンガを読みたいと言ったらお金を要求した」という暴露話が出ています。

確かに、マンガを借りるだけでお金を要求したらセコイですね!笑

このエピソードについて、同じく空手の篠原浩人選手は「兄弟だから貸したらええやんけ。こいつセコって(思った)」とコメントし笑いを誘う一面も。

しかし荒賀龍太郎選手は弟からお金は「取ってはない」と否定したため、この暴露話は”疑惑”ではありますが、荒賀龍太郎選手のおちゃめな一面を垣間見た瞬間でした。

 

ちゃっかり者

同じく2017年のNHK『グッと!スポーツ』の取材のなかで、女子空手の植草歩選手からは「海外遠征時、荒賀龍太郎選手は自分で洗剤を持っていかず(植草選手に)借りようとする」とも暴露されています。

龍太郎先輩は自分の荷物が重くなっちゃうから、それが嫌で自分に持たせています。確信犯ですね。確実に。ずる賢い

出典:ライブドアニュース

 

この暴露に対して荒賀龍太郎選手は「それ(持参していることを)を僕に言ってくるので『あ、いいんだ』と思って」と答えました。

この件に関してはご本人で認めているため、事実のようです。笑

ちゃっかり後輩に甘えるという、面白いエピソードでした。

 

「徹底解説】空手・荒賀龍太郎選手の経歴まとめ!空手を始めたのはいつ?」まとめ

試合中の荒賀龍太郎出典:https://www.sanspo.com/sports/photos/20191201/spo19120121390033-p1.html

 

長いスランプを乗り越え、さらに強くなって戻ってきた空手界の天才・荒賀龍太郎選手。

東京オリンピックに空手が正式種目として決まったのも、荒賀龍太郎選手の力もあってのことで、ご自身も東京オリンピックの選手として内定されて本当に良かったです。

東京オリンピックの試合での活躍を、心から祈っています!

 

 

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